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オグリキャップ 「不出生のスーパースター④」

第3話 ← ● → 第5話

 

~『裁判』と『乗り変わり』~

名実ともに現役最強馬となったオグリキャップは4歳となった。
陣営は当初、有馬記念で見事な勝利を飾った岡部騎手に、
今後も引き続き騎乗してもらうつもりだった。

岡部騎手も、オグリキャップの海外遠征プランを持ち出すなど、
騎乗依頼があればうけるつもりだった。

しかし、ここでまたしても佐橋オーナーとの確執が生まれる。

まず、佐橋オーナーが経営する会社に脱税が発覚。
法人税法違反で係争中だったのだ。
執行猶予がついても懲役1年以上の刑が確定すると馬主資格は剥奪される。
当然、佐橋オーナーは控訴していた。

周りから、オグリキャップを購入したいという声は後を絶えなかった。
しかし有馬記念直後も、

「他人に譲るくらいならアメリカで」

というインタビューをするくらい、オグリキャップを手放す気はなかった。

しかし、そのアメリカで走らせるにしても、
この脱税事件の影響は大きすぎた。
当時のアメリカの競馬界では八百長疑惑が後を絶たない状況でした。
そんなマイナスのイメージを払拭するために、
主催者側は犯罪に対して非常にシビアな考え方を持っていた為に、
刑が確定していなくも係争中であるだけで、
アメリカでの馬主資格を得るのは非常に困難な状況でした。

岡部騎手がそのようなゴタゴタに嫌気がさしたのは間違いないだろう。

さらに、佐橋オーナー側からのオグリキャップのローテーションを
聞かされて、戸惑った。
春は天皇賞・春から安田記念・宝塚記念に挑戦するという事だ。

岡部騎手は、河内騎手同様にオグリキャップの適正距離を1600mと考えていた。
よって、3200mという天皇賞・春ではまずスタミナが持たない上に、
そこから畑違いの1600mに距離短縮するなど「無謀」に感じた。

それ以前に、1600mが適性の馬に3200mを走らせるとによる、
今後の疲弊を心配した。彼が主戦を務めたシンボリルドルフが、
天皇賞・春を制した後、体調が戻らず予定してた夏の海外遠征を
実行できなかった苦い思い出がよぎったのかもしれない。

安田記念を走るなら、天皇賞・春は回避した方が良いという
彼の言葉は却下され、岡部騎手はオグリキャップの背中から降りた。

 

~2回目のトレードと休養~

佐橋オーナーは、オグリキャップの知名度が高すぎるがゆえに、
加熱する脱税報道による自身の会社経営への影響を心配した。

ついには、馬主資格の放棄を決意し刑が確定する前に、
控訴を取り下げた。
こうして、オグリキャップの新たなオーナー探しが始まる。
複数の候補が上がったものの条件が合わず決裂。

そして、佐橋オーナーが馬主資格を放棄して1週間後、
日高総業を経営する近藤俊典氏に、1年間3億円買い戻しつきの
売買契約が成立したと発表。
名目上は期間限定の購入だが、事実上1年間のリースであった。
しかも、3億円という破格の値段。
諸経費含めると5億円稼がないと元はとれない計算である。
当時のGⅠでの1着賞金が1億円程度なので、
実にGⅠを5勝しないといけないのである。

後に、近藤オーナーは、

「お金の問題じゃない。GⅠを勝つという『名誉』なんだ。」

と、語りました。
近藤オーナーがいまだ果たせぬGⅠでの表彰台に上がるという夢を、
求めた結果であった。

ともかくオグリキャップの引退危機は去った。

近藤オーナーは、佐橋前オーナーが予定したローテーションを、
引き継ぎ、それに向けて調整すると発表。
勝負服も前オーナーと似た模様に変更。

しかし、トレードが成立した翌日に、
脚部不安を発症。その後に右前繋靭帯炎を発症し、
ついには春競馬を全休せざるを得なくなった。

笠松でのデビューから1年半で21戦と走り続けたオグリキャップに、
初めての長期休養が施されたのだ。

 

~前代未聞のローテーションと死闘~

温泉治療と音波治療、さまざまな治療が施され、
オグリキャップの故障は回復していった。

秋のローテーションは、当初10月の毎日王冠から天皇賞・秋。
そしてジャパンカップと有馬記念と、通常のモノが組まれていた。

しかし、想定してた以上に状態が良くなったので、
秋復帰初戦を前倒しして、9月のオールカマーに変更。
鞍上は引退したタマモクロスの主戦だった南井克己騎手
「京都4歳特別」で一度騎乗して以来のコンビだ。

 

『第35回オールカマー(9月17日)』

このレースは地方交流重賞レースとして組まれており、
南関東競馬で牝馬ながらに牡馬相手の3冠を達成するロジータや、
岡部騎手が鞍上で目黒記念を圧勝したキリパワー
オグリキャップと何度も対戦しているランニングフリーなど、
目立ちはしないが活躍馬も出走してた。
レースはベルクラウンが作るスローな流れ。
オグリキャップは5番手につけて折り合いもついた。
直線に入ると、あっさり抜け出しレコードタイムでの復活勝利。
休み明けもなんのそのの快勝だった。

余談ではあるが、この頃から女性ファンも増えていく。
オグリキャップ関連のグッズが大ヒットしたのだ。
その筆頭が「ぬいぐるみ」。現在では当たり前のように
発売されているものだが、当時競争馬のぬいぐるみ等は、
見向きもされていなかったが、オグリキャップの活躍と同時に、
この「ぬいぐるみ」が爆発的に売れていった。
当然、裏にはファンシーグッズの会社を経営する佐橋前オーナーの
仕掛けがあったわけだが。

 

『第40回毎日王冠(10月8日)』

オールカマーを快勝したオグリキャップの次走は、
天皇賞・秋に決めれられていた。ところが、休み明けの反動もないどころか、
食欲旺盛でまったく体が絞れないのである。
それなら、「天皇賞・秋との間にもう1走」という結論になった。
これは有馬記念まで持つのか?という疑念も当然生まれる。
しかし、近藤オーナーの「とにかく、天皇賞」という願いから、
天皇賞・秋に全力そそぐために、もう1走必要なら走らせるべきという、
強い意志により実行された。

レースでは、1年前のダービーで2着。前走の高松宮杯も勝利し、
岡部鞍上のメジロアルダンや、オグリキャップ同様地方から中央へ
転入してきて、この年の天皇賞・春と宝塚記念を制したイナリワン
この3頭に人気が集中し、その人気通りの決着となった。

直線に入って内にメジロアルダン。大外をオグリキャップ。
その間をイナリワン。この3頭が壮絶な叩き合い。
メジロアルダンが脱落したものの、
オグリキャップとイナリワンの競り合いはゴールまで続く。
結果は、ハナ差でオグリキャップの勝利だった。

 

『第100回天皇賞・秋(10月29日)』

毎日王冠での激走も無かったかのように、
オグリキャップは相変わらずの食欲旺盛でした。
そこで、陣営は驚くべき発表をする。
天皇賞・秋の後にマイルチャンピオンシップに出走し、
その翌週のジャパンカップに連闘させるということだ。
前代未聞の発表である。
当然、周囲では「3億円の回収のために走らせる」などの批判が
相次ぐのも無理はなかった。
しかし、陣営は調子が良すぎる今のオグリキャップなら
むしろこのローテーションの方が良いという見方だった。

ライバルはスーパークリーク1頭だった。
スーパークリークはオグリキャップと同様、
有馬記念後の不調から春は全休。
秋の初戦京都大賞典で復活の勝利を挙げていた。

このレースで引退を決めていたレジェンドテイオーがマイペースの逃げ。
スーパークリークが3番手。オグリキャップは中団に構えた。
最終コーナーに入って追い出しに入ったオグリキャップの前に
先に仕掛けていたヤエノムテキが入った。
一旦ブレーキをかけざるを得なかったオグリキャップは、
外に持ち出して再びアクセルを踏んで末脚爆発させるが、
コーナーでの不利はあまりにも大きかった。
先行抜け出しはかったスーパークリークに首差届かなかった。

「勝てたレースを落とした。」

南井騎手含む陣営の悔しさは大きかった。

 

『第6回マイルチャンピオンシップ(11月19日)』

レース後も、それほど疲れた様子が見られなかったことから、
陣営は予定通りマイルチャンピオンSとジャパンカップの連騰策に踏み切る。

以前からベストと言われる距離。
相手は安田記念勝ちのバンブーメモリー1頭とはいえ、
力差は明らかで、オグリキャップがどんな勝ち方をするかだけが焦点だった。

しかし、蓋を開けると冷や水モノの勝利だった。

出遅れたスタートに加え、いつもは騎手がゴーサインを出すと
ユッタリとではあるが、指示通りに動き出すオグリキャップだったが、
この日は、南井が手綱をしごいても前へ行こうとしなかった。
対して、バンブーメモリーは武豊が持ったままの状態で、
スッと上がっていく。さらに外に持ち出したバンブーメモリーは、
直線で障害なく末脚伸ばすのと対照に、オグリキャップの前には
またしても馬群の中に入ってしまい、内に切り込んでようやく、
2番手に上がることができた。
前を行くバンブーメモリーとの差は3馬身差。
200の標識を通過する時点でも2馬身の差があり、
到底差すには厳しい状況下だった。
しかし、オグリキャップはココでも末脚爆発させて、
ハナ差の勝利。根性という他ない走りを見せた。

勝利ジョッキーインタビューで、
南井騎手はミスで負けた天皇賞の事を思ってか、

「借りはまだ半分しか返せていない。
ジャパンカップで倍にして返す。」

と、泣きながら答えた。

 

『第9回ジャパンカップ(11月26日)』

レース後さすがに疲れが出たが、それもすぐに取れて、
水曜には飼葉もモリモリと食べるようになった。
陣営も「コレなら」と自信を持って送りだせた。

この年のジャパンカップには、
海外から凱旋門賞馬キャロルハウス、2400mの世界レコードホルダーの
ホークスター、昨年の勝ち馬ペイザバトラーなど。
日本勢もイナリワンスーパークリークロジータフレッシュボイスなど
国際GⅠの名に恥じないメンバーが集結。
中でもGⅠ連闘の議論の矛先はオグリキャップだったが、
実はバンブーメモリーもこのレースに連闘していたのだ。

レースは、逃げた英国馬イブンベイがやや暴走気味に飛ばす。
1000mの通過が58秒5。2200mの通過が、日本レコードを上回るタイムを
叩きだしていた。逃げると思われたホークスターが2番手。
続いて、ニュージーランドの名牝ホーリックスが3番手。
オグリキャップは4番手につけ、それにスーパークリークが並ぶ。
直線に入るまで順序が変わることはなかった。

イブンベイがバテたのを横目にホーリックスが抜け出す。
その外をオグリキャップが追走。スーパークリークは、
この叩き合いから脱落。変わって、前年の勝ち馬ペイザバトラーが
後方から追い込んでるくるが、前を行く2頭との差は大きかった。
逃げるホーリックス。追いすがるオグリキャップ。
結果、ホーリックスをクビ差捉えることができず2着に惜敗。

タイムは2分22秒2。

当時の日本レコードを2秒7更新し、世界レコードを樹立。
負けはしたものの、オグリキャップには大声援が送られた。

 

『第34回有馬記念(12月24日)』

この頃になると、再びアメリカへの挑戦が浮上してきた。
激戦の連続で蹄の減り具合が早いという危惧が持たれていたが
見た目ではまだ疲れの見えていなかった。

ライバルはコレが最後の対決なったスーパークリーク
武豊・南井騎手共に、「敵は1頭」と語っていた。

レースはダイナカーペンターがハイペースで逃げる展開。
オグリキャップは2番手についた。2番手につけたというよりも、
スタートでやや出負けしたオグリキャップを、好位につかせるために
少ししごいたら、馬に闘志が灯り行ってしまったという表現が正しい。
南井騎手がなだめるように手綱を抑えるも、一度崩れたリズムは、
最後まで戻ることはなく、直線でのいつもの伸びは無く5着に敗れ去った。
オグリキャップを終始マークしていたスーパークリークは、
外から来たイナリワンにハナ差交わされて2着だった。

「馬の調子が思ったより悪かったかも」という騎手に対し、
「もっとゆったり乗れば。」という周りの評価。

南井騎手は、この騎乗を最後にオグリキャップの主戦から降りた。

 

こうして、トレード・故障・厳しいローテと、
時代が昭和から平成に変わるのと同時に行われた
オグリキャップ激動の1年が、ようやく終わった。

 

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<参考文献>

『2133日間のオグリキャップ』著:有吉正徳・栗原純一
『オグリキャップ 魂の激走』

 

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【k-wind】 競馬を楽しんで10数年。オグリキャップから始まり、 ライスシャワー、ディープインパクトと、 大好きな馬は数知れず。「競馬の魅力とは」 このテーマを日々考えている30代牡です。

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