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オグリキャップ 「不生出のスーパースター①」

名馬列伝を始めるにあたって、
記念すべき第1弾はやはりオグリキャップです。

僕が競馬に興味を持つきっかけを与えてくれた馬ですし、
僕だけでなく、今の競馬ファンの半分以上の方は、
この馬に魅了されて、いまだに競馬を続けている方も、
いると言っても過言ではないと思います。

競馬初心者の方や、まだ年代が若い方には、
名前ぐらいしか聞いたことがないかもしれません。

いや、20年以上前に活躍した馬の名前を聞いたことあること自体が、
「凄い事」なんですが。

昭和から平成にうつりかわる節目の時期に、
突如として現れた葦毛の怪物オグリキャップ。

その伝説を語り継ぎます。

 

~誕生~

昭和60年3月27日、北海道の稲葉牧場で葦毛の仔馬が誕生しました。
母はホワイトナルビー。父はダンシングキャップ。

前脚が少し外に向いていたため、生まれてすぐ立つことはできませんでした。
しかし、牧場スタッフがつきっきりで面倒を見ることで、
一日かけてようやく立つことができました。

そんな、牧場スタッフの苦労を知ってか知らずか、
それ以降は、ハツラツ(牧場での呼び名)と名付けられたその仔馬は、
スクスク育っていきました。

仔馬の最初の難関である離乳の際にも、
ハツラツは特に気にすることもなく、この頃から自立心は他の仔馬とは
違うものを持っていました。

このハツラツが誕生した稲葉牧場は、
親子2代で牧場を切り盛りしている小さな牧場。

その生産馬のほとんどを笠松競馬(岐阜県)に送り込んでいたため、
その笠松競馬場で活躍するためのスピードを重視した生産を繰り返していました。
(笠松競馬場は短距離ダートが主)

ハツラツもその過程で生まれた馬で、
「葦毛」というのも、そのスピード特性をもつ血統を受け継いだ結果でした。

さらに、繊細な馬にあえてストレスを与えることにより、
タフな競馬にも耐えうる強靭な精神を養う事を信条としていました。

そのような環境の中でハツラツは、順調に育っていきました。

 

~笠松競馬~

昭和62年1月、笠松競馬場の鷲見昌勇厩舎に入厩。
登録馬名を「オグリキャップ」とした。

笠松競馬場に入厩してからも、牧場時代から続く物怖じしない性格と、
競走馬としての素質の高さを、まざまざと見せつけました。

同年5月に新馬戦ダ800mでデビュー。
しかしソエも影響してかマーチトウショウの2着に敗れる。

次走で難なく初勝利を挙げ、続く2戦目も勝利。
4戦目では、またしてもマーチトウショウに敗れる。

しかし、そこからはマーチトウショウを寄せ付けない快進撃を見せる。

6戦目となる秋風ジュニアから、笠松の名手安藤勝巳騎手に乗り変わり、
マーチトウショウに敗れた4戦目から、実に8連勝を飾る。

ちなみに、当時の事を安藤勝巳(元JRA騎手)は、

「良い馬だとは思うが、もっさりした感じもあって、
あそこまで強くなるとは思わなかった」

と語っています。

さらに、実はオグリキャップの5歳時のジャパンカップで
安藤を乗せようというプランも上がったそうですが、
中央騎手資格が無い騎手を乗せるわけにはいかないということで、
却下されたそうです。

安藤自身も、オグリキャップに引き続き乗れないかと、
JRAに何度か申し込むも、やはり却下。

安藤が中央への移籍を決意する一旦となる馬となったのは言うまでもないです。

話を戻し、連勝を続けるオグリキャップでしたが、
中でも中京競馬場で行われた「中京盃:芝1200)の勝ちタイムは、
当時の2歳のコースレコード。

オグリキャップの回りから中央への挑戦が
持ち上がるのも当然の流れでした。

 

~馬主変更と中央移籍~

オグリキャップの馬主小栗孝一氏には中央馬主資格が無かった。
加えて、氏は「笠松競馬で走らせる。所有馬は手放さない」という信念を
持っていたため、殺到する購入申し込みや中央移籍への誘いを、
かたくなに断っていました。

しかし、佐橋五十雄氏の熱心な誘いで、
しだいに「馬の名誉のため」という意志に変わっていき、
ついには、昭和63年1月に条件付きの2000万円で佐橋氏に売却され、
中央のオグリキャップが誕生しました。

佐橋氏は地方馬主時代から、トレードによる競走馬所有を主とし、
中央馬主となってもその手法を変えることはなかった。

「未知の当歳・1歳を買うより、実績のある馬を走らせるほうが確実」

という信念のもと、実績を上げてきた馬主です。

こういった、形式はアメリカ等でよく行われていたことですが、
当時の日本では、まだまだ浸透もされていない上に、
繋がりを大事にする当時の日本競馬では風当たりの強いものでした。

さらに、佐橋氏の調教師や騎手に対する強気な態度からも、
決して万人受けするタイプのオーナーではなかったが、
相馬眼と競馬に対する真剣な態度は評価されていました。

そんな佐橋氏に馬主が変わったオグリキャップは、
栗東の瀬戸口厩舎に預けられることとなりました。

 

第2話

 
<参考文献>

『2133日間のオグリキャップ』著:有吉正徳・栗原純一
『オグリキャップ 魂の激走』

 

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プロフィール

【k-wind】 競馬を楽しんで10数年。オグリキャップから始まり、 ライスシャワー、ディープインパクトと、 大好きな馬は数知れず。「競馬の魅力とは」 このテーマを日々考えている30代牡です。

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