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トウカイテイオー 「受け継がれる想い③」

第2話 ← ● → 第4話

~2冠~

トウカイテイオーは4戦全勝で本番に向かう事になったとはいえ、
全く心配がなかったわけでは無い。
その1つが、重賞レースに出走していないことだ。

若駒ステークスで後の重賞馬を破っているとはいえ、
厳しい流れになる事の多い重賞レースを経験していないことは、
本番でどのように作用するか分からない。

中でも、弥生賞を勝ったイブキマイカグラの存在が不気味だった。
朝日杯3歳ステークスをレコード勝ちしたリンドシェーバー
一蹴の内に差し切ったその末脚は脅威だった。

だが、
「如何に無事に本番に向かう事かが大事」
を信念にしている松元省一調教師にとって、
このローテーション以外は考えられなかった。

かくして、「第51回 皐月賞」は始まった。

一般的に不利と言われる大外18番枠に入ったトウカテイオーだったが、
鞍上の安田隆行騎手は、「揉まれない枠」なので、
むしろ好都合ではないかと開き直っていた。

重賞未経験、大外枠の不利はありながらも
トウカイテイオーは2.1倍の1番人気に推された。

そしてスタートは切られた。

まずまずのスタートを切ったトウカイテイオーは、
外目の7~8番手につけた。

前日に雨が降っていたことに加え、インのラチ沿いが荒れていた為、
多少ロスになっても外を走った方が良いと安田は判断した。

3コーナーを回るところで、軽く気合いをつけた。
横を見ると、シンホリスキーを始め周りの馬の鞍上の手が
しきりに動いてるのを見て、安田は勝利を確信した。

テイオーは直線に入り一気に先頭に躍り出た。
あとは後続を振り切れば、夢に見たクラシックGⅠに手が届く。
「何も来るな!!」
安田は心の中で叫んだ。

最大のライバルと見られていたイブキマイカグラは、
直線で追い出しに入ったところで前が壁になり、
勢いを完全に削がれていた。

しかし、思わぬ伏兵馬がテイオーを追い詰めた。
前走の若葉ステークスで敗れ3着だったシャコーグレイドだ。
若葉ステークスでは正攻法でテイオーに負けたので、
今回は後方から強襲する作戦をとったのだ。

シンボリルドルフに檜舞台を奪われた父ミスターシービーの、
逆襲の体をなすかのような追い込みだった。

しかしそんな2世対決も、テイオーには関係なかった。
シャコーグレイドが一瞬テイオーの尻尾を捉えたか思われた瞬間、
テイオーは逆に突き離していった。

こうして、見事に皐月賞を勝利したテイオーの馬上で、
安田は人差し指を天高く突きたてた。

7年前、シンボリルドルフの鞍上岡部幸雄騎手が、
3冠を確信し行ったパフォーマンスだ。

安田自身も、テイオーの3冠を確信した上での行動だった。

内村正則オーナーは、衝動買いしたトウカイクインから始まった、
この26年間の思いが一気に溢れ返った。
テイオーまでつながる血をここまで育ててくれた全ての関係者に、
感謝の念を感じていた。

 

そしてトウカイテイオーは3歳の頂点を決めるダービーに向かう事になる。

 

強い勝ち方で皐月賞を制したことにより、
ダービーも難なく勝つだろうというのが世間の目だった。

厩舎・騎手共に連日の取材攻勢。
皐月賞前は、「普通に走れば勝てる」と思っていたため、
プレッシャーを感じていなかった安田だが、
世間のあまりの注目で、
「勝てる」という考え方が「負けられない」という考え方に、
変わっていき、「怖さ」が心を徐々に埋めていった。

第58回 日本ダービー

最大のライバル馬イブキマイカグラは不完全燃焼で終わってしまった皐月賞後、
NHK杯を楽勝。陣営はNHK杯と同じ直線の長い東京競馬場なら、
トウカイテイオーを差し切れる、と自信にみなぎっていた矢先、
ダービー直前になり骨折が判明。リベンジは終ぞ叶わなかった。

変わって日本ダービーの前哨戦である青葉賞を
豪快に差し切ったレオダーバンが、ライバル1番手に押し上げられたが、
やはりトウカイテイオーと比べると1枚落ちるように感じられた。

他ではイイデセゾンシャコーグレイド等いずれも勝負付が
済んだ馬ばかりだった。

単勝1.6倍。

もはや負けは許されない状況に追いやられた安田は、
前日の夜もなかなか寝付けないでいた。
「普通に走れば勝てる」
皐月賞同様、勝つ自信はある。しかし、万が一負ければ。

「雨でも降ってくれれば、負ける言い訳もできるのだが。」

負けた時の言い訳を考えるほど、追い詰められていた。

しかし、ダービー当日は快晴。

「天はテイオーを勝たせたがっている。」

安田は腹をくくった。

 

東京競馬場に押しかけた観衆は18万人。
パドックでは「馬が興奮するので、お静かに願います」と、
場内アナウンスが流れるほど熱気にあふれかえっていた。

そんな中、テンションの上がる馬もいたが、
トウカイテイオーは悠然と落ち着いて歩いていた。
そんな背中の感触を味わいながら、
安田の気持ちも自然と落ち着いていったのだ。

大外20番枠からスタートしたトウカイテイオーは
いつものように先行集団後ろの6番手につけ、
レースの流れを見ていくことになる。

1000メートル61秒3とスローペース。
若葉ステークスではスローペースで引っかかる仕草を
見せたテイオーだったが、この日はピッタリ折り合う事が出来た。

4コーナーを回ってもまだ手応え十分のテイオーは、
内でゴチャつくのを嫌い、直線では外に出していく。

スタートから終始テイオーをマークしていたレオダーバン鞍上の、
岡部幸雄騎手が、早めに仕掛け始める。
それを確認してから安田もテイオーにGOサインを送った。

右ムチを数回たたくと、
テイオーとレオダーバンの差はみるみる開いていった。
後方から追い込んでくる馬もいない。

大歓声が上がる中、父シンボリルドルフと同じく、
無敗の2冠馬が誕生した。

場内に沸く「ヤスダ」コールに、
これまでの騎手人生を思い返したのか、
安田の目から涙があふれかえっていた。

歓喜の輪が広がるウイナーズサークルで、
2本の指を天高く掲げた。

 

~絶望と別れ~

歓喜のダービーから3日後、
親子3冠に向けて期待膨らむ陣営や競馬ファンに、
ショッキングなニュースが飛び込んだ。

「トウカイテイオー、骨折。」

左第中足根骨骨折で全治6か月。
親子無敗の3冠馬の夢は、レースを走ることなく潰えた。

松元同様、虚脱感に包まれる安田を、
さらに追い打ちをかけるように
「ダービーの直線で左ムチを使っていれば骨折は避けられた」
との新聞の記事が出た。

安田は、「本当にそれが理由だったのか?」
何人かの騎手仲間に訪ねて回ったが、
ほとんどは安田を気遣い「そんなことないよ」と答えてくれた。

しかし、あるジョッキーは一般論として左回りの東京コースでは、
コーナーを回るときに左脚が軸になるため、
直線に入った時に右ムチを入れるとさらに左脚に負担がかかるため、
直線に入ると一旦左ムチを入れ、坂を駆け上がってから右ムチを
使うのが馬に負担をかけない方法と教えてくれた。

こういった記事が出ると、
「テイオーの骨折は安田のせい」
という非難が出てくるものだが、そういった声はほとんど聞かれなかった。
むしろ、「騎乗は完璧だった」という人も出てきたぐらい。
これも日頃の安田の人徳のたまものだろう。

新聞に書かれた記事の発端は岡部幸雄騎手のコメントにあった。
しかし、安田は岡部や新聞に対し恨み節をいう事もなく、
「岡部さんが言ったことが原因なら、テイオーに済まない事をした。」
「この教訓を生かして、次はもっと上手く乗る」
安田は本心からこう考えていた。

そして、今後のテイオーをその岡部にゆだねる事にしたのだ。

安田は、テイオーの骨折のニュースが飛び込んできた時に、
もうテイオーの主戦騎手を降りる事に決めた。

かねてからの目標である調教師試験を再び受ける為だ。

この年も調教師試験を受けていたものの、
幸か不幸か合格できなかった為に、トウカイテイオーという名馬に
巡り合ったわけだが、今や全国区の最強馬になったテイオーに、
調教師試験に受からなかったら、また乗らしてください等、
通用するはずがない。
なにより安田は、そんな事をいう性格ではなかった。

自ら、安田はトウカイテイオーの降板を申し出た。

こうして、デビュー来6戦無敗で戦ってきたコンビは解消された。

 

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<参考文献>

『水晶の脚 トウカイテイオー』著:瀬戸慎一郎
『名馬列伝 トウカイテイオー』出版:光栄出版部
『トウカイテイオー 帝王・栄光の奇跡』DVD

 

 

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プロフィール

【k-wind】 競馬を楽しんで10数年。オグリキャップから始まり、 ライスシャワー、ディープインパクトと、 大好きな馬は数知れず。「競馬の魅力とは」 このテーマを日々考えている30代牡です。

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