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トウカイテイオー 「受け継がれる想い⑤」

第4話 ← ● → 第6話

~世界一~

天皇賞・春で初めての敗戦はショックだったものの、
陣営は「無敗」というプレッシャーから解放されたのか、
不思議と肩の荷が下りたように感じ、
意外と早くに立ち直る事が出来た。

その間、トウカイテイオーは二風谷軽種馬共同育成センターで、
いつもの様にユッタリと牧草を食んでいた。

今回の骨折は、3歳時と比べて随分軽いものだった為、
8月に入るとすでに乗り運動が開始された。

目標は天皇賞・秋である。

距離に泣かされた天皇賞・春とは違い、
天皇賞・秋は東京競馬場の2000メートル。
中距離馬であるテイオーにとってはベストともいえるレースだ。

天皇賞・秋の前に1度レースを使うのがセオリーだったが、
松元は、レースを使わずに直行を決断。
テイオーの気性なら、休み明けでも問題ないだろうという事だった。

しかし、そんな松元の自信を揺らがす事態が起こる。

本番まで1ヶ月ちょっと前に押し迫った9月の半ば頃、
テイオーは突然の熱発に見舞われ、3日ほど調教が出来ない日々が続いた。
本番までにレースを使わない以上、本番までの調教スケジュールは、
より万全を期さなければならない。しかしこの熱発により、
当初描いていたスケジュールの10日以上の狂いが生じた。

さらに、テイオーの特徴だった「柔軟な繋(つなぎ)」の動き幅が
小さくなっているのだ。
テイオーの爆発力の源である「特徴」が無くなっていることに、
松元省一調教師は不安を感じながらも、
「古馬になり体がしっかりしてきた為」
と、弱気になっていく自分を打ち消すように考えた。

そんな松元の思いとは裏腹に、
天皇賞・秋のテイオーの人気は1番人気。

天皇賞・春の敗退、骨折休み明け、熱発等の不安を抱えながら、
1番人気に推されたのは、ライバルが不在だったことが大きい。

天皇賞・春で古馬最強馬の貫録を見せつけたメジロマックイーンは、
宝塚記念への調整中に骨折し、実に1年の休養を余儀なくされていた。

天皇賞・春(芝3200m)、安田記念(芝1600m)、宝塚記念(芝2200m)と、
全く異なる距離のレース全てで2着に入ったカミノクレッセも、
宝塚記念後、脚部不安により天皇賞・秋は回避となった。

その他、堅実な成績を残しているナイスネイチャや、
GⅠ馬のダイタクヘリオスメジロパーマー等いたが、
GⅠの主役と言える器とは言えなかった。

そのため、不安点はあるものの2冠馬トウカイテイオーに
人気が集中するのも当然の結果だった。

 

第106回 天皇賞・秋

17万人の大観衆はひとえにテイオーがどのようなレースをするか1点だった。
単勝2.4倍。テイオーの不安点を考慮しつつも、勝利を期待されていた。

レースは内枠に入ったメジロパーマーが大方の予想通り逃げる展開。
スローに落としてマンマと逃げきった宝塚記念の再現を狙うが、
そこにダイタクヘリオスイクノディクタスが激しく競りかかってきた。

トウカイテイオーはそれを見る形に4番手につけた。
いや。「つけた」というよりも、馬が引っかかったのだ。
若葉ステークス以来、引っかかるそぶりを見せなかったテイオーが、
この大事な一戦で引っかかってしまった。

1000mの通過タイムが57秒5。
スローに落としたかったメジロパーマーの気持ちとは裏腹に、
超ハイペースでレースは進むことになり、
そのペースを作り出した内の1頭であるテイオーのスタミナも、
自然と殺がれていくことになる。

直線で、一瞬先頭に躍り出るかに見えたテイオーだったが、
全く伸びることなく、ずるずる後退。
悲鳴に似た歓声が上がる中、直線での激しい攻防は、
後方から追い込んできたレッツゴーターキンムービースターで決着した。

テイオーは7着に敗れ去った。

レース後、岡部幸雄騎手は、
「流れが速かったことは関係ない。馬か力んでしまったのが原因。」
「レースを使う事により良くなるとは思うが、2度骨折した馬に
以前のような走りを期待するのは酷かもしれない。」
と寂しそうに語った。

だが、松元は「必ず強いテイオーを復活させる。」という信念の元、
次走のジャパンカップへ向けて、調教を始めた。

 

時代は変わるものである。

天皇賞・秋前にはあれだけテイオー一色だった報道も、
ジャパンカップ前の今は、ある3歳馬の話題で持ちきりだった。

ミホノブルボン
テイオーが無敗の2冠を達成し湧いた翌年にも、無敗の2冠馬が誕生していた。
名将戸山為夫が作り上げた渾身一滴の最強馬。
テイオーが出走できなかった菊花賞も、ライスシャワーに敗れたとはいえ、
距離適性の差が出ただけで、負けて強しの内容。

次走はテイオーと同じくジャパンカップ。
世間の評価は、ジャパンカップでの日本の代表馬はテイオーではなく、
この3歳最強馬ミホノブルボンだった。

そして、国際GⅠとして認定されたこの年のジャパンカップは日本馬だけでなく、
海外からも大物が続々来日していた。

英オークス、愛オークスを勝ち、英セントレジャーで牡馬を打ち負かし、
凱旋門賞でもクビ差の2着に入り、
この年の欧州年度代表馬に輝く女傑ユーザーフレンドリー

アーリントンミリオンを勝ったディアドクター
英ダービー馬であるドクターデヴァイスクエストフォーフォフェイム
牝馬にして全豪年度代表馬のレッツイロープ
豪ダービー馬ナチュラリズム等々。

かつてないほどの豪華メンバーが揃ったジャパンカップになった。

しかし、直前になってミホノブルボンが脚部不安で出走回避。

こうなると、日本勢の大将はトウカイテイオーとなる。
だが、テイオーは天皇賞・秋での敗退の印象が強い。

「今年は海外勢」

このような風潮が世間に漂っていた。

 

第12回 ジャパンカップ

トウカイテイオーは10.0倍の5番人気だった。
1番人気を他馬(ユーザーフレンドリー)に譲ったどころか、
単勝オッズが二桁になるとは、天皇賞・秋前には考えられなかったことだ。

陣営もファンも、テイオーに対する気持ちは、
「勝ってほしい」から「頑張ってほしい」へと変わっていた。

スタートは切られた。

先頭を切ったのはレガシーワールド
僚馬ミホノブルボンの無念を晴らすかのように果敢に逃げた。
それに続くのが英ダービー馬ドクターデヴァイス
南関のハシルショウグン、女傑ユーザフレンドリーが続き、
トウカイテイオーはそれら先行集団をマークするように5番手にを追走。

1000mの通過タイムが60秒3。

流石、「戸山の2本矢」。
レガシーワールドは速くもなく遅くもない淀みないペースを作り上げた。

4コーナーを回り直線に入ると、先行集団が遅れ始めた。
すると内から豪ダービー馬ナチュラリズムが先頭に躍り出た。

ここで歓声はひときわ大きくなる。
トウカイテイオーが外からナチュラリズムを急追してきたのだ。

直線半ばから、ナチュラリズムとトウカイテイオーの一騎討ち。
内でナチュラリズム鞍上のディットマン騎手が豪快な風車ムチを披露すれば、
外でトウカイテイオー鞍上の岡部が必死に右ムチを叩く。

2頭馬体を併せながらゴールに入った。

わずかクビ差だけトウカイテイオーが前に出ていた。

割れんばかりの歓声の中、
普段は競走馬の安全を考慮するため行わないガッツポーズを、
岡部は自然と行った。

それほどの感動の勝利だった。

岡部だけでない。

産経大阪杯の勝利後から続く、故障や敗戦は、
かつてのテイオーの輝きが強ければ強いほど、
影を大きくするものだっただけに、
この復活勝利は、内村オーナーや松元調教師、テイオーを取り巻く関係者に、
様々な思いを起こさせることとなった。

日本馬ではシンボリルドルフ以来7年ぶりに、
そのルドルフの仔が勝利した。
さらに、鞍上はルドルフの主戦だった岡部幸雄。

 

ようやく始まる「トウカイテイオー伝説」第2章の幕開けかと思われた。

 

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<参考文献>

『水晶の脚 トウカイテイオー』著:瀬戸慎一郎
『名馬列伝 トウカイテイオー』出版:光栄出版部
『トウカイテイオー 帝王・栄光の奇跡』DVD

 

 

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【k-wind】 競馬を楽しんで10数年。オグリキャップから始まり、 ライスシャワー、ディープインパクトと、 大好きな馬は数知れず。「競馬の魅力とは」 このテーマを日々考えている30代牡です。

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