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トウカイテイオー 「受け継がれる想い⑥」

第5話 ← ●

~ガラスの脚~

ジャパンカップを制し、世界最強を示したトウカイテイオー
次なる目標は、年末のグランプリ有馬記念だった。

ジャパンカップの勝利で意気揚々としていた陣営に、
思わぬハプニング起こった。

有馬記念の1週間前のレースで岡部幸雄騎手が進路妨害を理由に、
騎乗停止処分を下されたのだ。
停止期間6日間。当然、有馬記念は騎乗することができない。

陣営は、本番直前になって騎手の交代を迫られることになった。

だが、この年も関東リーディング首位を突き走る岡部騎手に替わる騎手など、
なかなか見つからない。ましてや、トップジョッキー達は、
すでに有馬記念での乗り馬が決まっている時期である。

そこに白羽の矢が立ったのが、関西の田原成貴騎手だ。

デビュー来、卓越した手綱捌きで「天才」と呼ばれる同騎手だが、
競馬界では、歯に衣着せぬ発言をすることもあり、
「問題児」として見らることもあった。

この年も、エリザベス女王杯に出走するサンエイサンキューの、
ローテーションの是非を発端に、マスコミと激しい舌戦を繰り広げた。
過酷なローテーションを非難した田原は、オーナーと対立し、
有馬記念に出走するサンエイサンキューから降ろさていたのだ。
(結果、サンエイサンキューはレース中に故障。闘病生活の後に死亡。)

かくして、田原にトウカイテイオーは任されることになった。

第37回 有馬記念

再び1番人気に返り咲いたトウカイテイオーは5番枠からのスタート。

レースは前・後期グランプリを目指すメジロパーマーが果敢に逃げた。
そこにマイルチャンピオンSを連覇したダイタクヘリオスオースミロッチ
レガシーワールドと続いた。

テイオーはスタートから前に行くことが出来ず、
後方からの競馬となった。
常に好位から中団で競馬を進めてきたテイオーにとって、
初めての位置取りだった。

「何かがおかしい」

2コーナー、3コーナーを過ぎてもテイオーが先頭に上がっていく気配はない。
テイオーを徹底的にマークしていた菊花賞馬ライスシャワーの鞍上的場均や、
ヒシマサルの鞍上武豊は、テイオーの異変に気づき、自ら動いていく。

しかし、絶妙なペースで逃げていたメジロパーマー含む先行集団を
交わすには、仕掛けるタイミングがあまりにも遅すぎた。

結局メジロパーマーがレガシーワールドをハナ差制し、
前・後期グランプリ制覇の偉業を達成(いずれも人気薄)した。

トウカイテイオーは終始後方のままで11着。

あまりの見せ場の無さに、場内は騒然。
引き上げてくるテイオーに罵声が飛ぶのも仕方がなかった。

テイオーはなぜ惨敗したのか。

スタート直後にトモを滑らせ筋肉痛を起こしたのが原因とされている。
競走直前に寄生虫駆除のための下剤を服用したこともあり、
当日のテイオー自身の調子が悪かったともされる。

いずれもテイオーの体質の弱さが浮き彫りとなった今回、
現役続行か引退するか、陣営は判断に迫られた。

しかし、松元省一調教師は惨敗したまま引退させるのはテイオーに可愛そうだ。
と考え、現役続行を選んだ。

こうして、再起を目指して5歳になったテイオーは、
温暖な気候の鹿児島・山下牧場へ放牧されることになった。
ここでは海岸を利用した調教が行われ、
調教後は海水に浸し、すぐにアイシングができる為、
テイオーのような脚元が弱い馬にはうってつけの環境だった。

九州で束の間のリフレッシュをしたテイオーは3月に帰厩。
復活に向け再び調教が課されることになる。
前年に距離の壁を感じた天皇賞・春は回避し、
早くから宝塚記念一本に絞っていた。

本番が1週間後までに迫っていたという時に、
再びアクシデントが発生した。

調教中に骨折(左前トウ骨剥離骨折)したのだ。

都合3度目の骨折だ。

こうして、5歳になったテイオーはレースに出走することなく、
二風谷軽種馬育成牧場へ向かう事になった。

全治3か月の診断だったが、
心身ともにリフレッシュを促す為に、二風谷にいる間は、
ほとんどの時間を放牧に費やした。

放牧に出されてから4か月後帰厩し、復帰戦は有馬記念に定められた。

1年の休養明けでぶっつけで有馬記念に出走する事に、
非難が上がることも有ったが、松元は
「自分の競馬さえできれば負ける事は無い」
と、頑として所信を曲げなかった。

 

奇跡の復活

トウカイテイオーが有馬記念に向けて調整が進められている間、
競馬界では新たなスターが誕生していた。

皐月賞・ダービーと2着で涙をのんだものの、
菊花賞では5馬身差の圧勝を飾ったビワハヤヒデ

そのビワハヤヒデを抑えてダービーを勝利したウイニングチケット
ジャパンカップでも3着に入る好走。

そのジャパンカップを勝利した昨年度有馬記念2着馬レガシーワールド

桜花賞・オークスと完勝したベガ

この年の主役だった馬達は、
それぞれ有馬記念にむけて入念な調教を重ねる事になった。

中でも「葦毛の怪物」伝承者ビワハヤヒデは、
デビュー来10戦して1度も3着以下になったことが無い上に、
主戦騎手はトウカイテイオーをよく知る岡部幸雄騎手だった。

有馬記念ではどちらに乗るか注目されたが、
かたや勢いに乗る3歳馬。かたや1年のブランクがある5歳馬。
能力で甲乙つけがたいなら、勝算のあるのは前者である。
岡部は迷わずビワハヤヒデを選んだ。

トウカイテイオーは前年と同じく、田原成貴騎手に手綱を託した。

第38回 有馬記念

この年の有馬記念は、
上記した新興勢力を含め8頭のGⅠホースが参加した。
まさに暮れのグランプリレースにふさわしいメンバーとなった。

その中で1番人気はビワハヤヒデ。

1年のブランクが心配されてかトウカイテイオーは4番人気だった。
この人気は、当然と言えば当然だが、
前年大敗を喫した舞台で、さらに長期休養を挟んでも、
9.4倍という倍率になったのは、
むしろ、この馬を応援しているファンがどれだけいたかが伺える。

パドックに出てきたテイオーは実に落ち着いた足取りで周回を重ねた。
鞍上の田原も、「コレなら力を出し切れる。」と手ごたえを感じていた。

スタートは切られた。

前年同様メジロパーマーが逃げる。
好発を決めたトウカイテイオー先行集団後ろに取り付けた。

やや速いペースで1コーナーを過ぎたあたりから、
2番手を追走していたホワイトストーンが後退していく。
変わって、ビワハヤヒデとウイニングチケットの3歳勢、
さらにレガシーワールドがホワイトストーンの後ろにつけた。

3コーナー付近で、ビワハヤヒデは押し上げにかかる。
それに呼応するようにトウカイテイオーもするすると上がっていった。

4コーナーを回り直線に入るところでビワハヤヒデが先頭に躍り出た。
ウイニングチケットは道中カカリ気味だったためか伸びない。
レガシーワールドもいつもの粘り腰が無い。
ビワハヤヒデ独走かと思われたところに、
外から猛追を見せる白色の流星を携えた鹿毛の馬がいた。

トウカイテイオーだ。

大歓声に沸く中山競馬場のスタンド前。
直線は2頭のマッチレースとなった。
「テイオーがんばれ。頑張れ!!」
必死にムチを叩く田原は思わず声を荒げた。

残り100mを切ったところでテイオーがわずかに先頭に躍り出た。
必死に食い下がるビワハヤヒデ。
しかしその差は詰まることなく半馬身テイオーが先着した。

1年のブランクがありながらの勝利。
しかも条件戦ではなく、その年の一流馬が揃うGⅠグランプリでだ。

応援はするも、勝利まで期待していたファンは少なかったはずだ。
割れんばかりの拍手と歓声が飛び交う中、
田原はガッツポーズも勝利のパフォーマンスも一切しなかった。

「1年間色々なことがあって、久々で苦しい競馬なのに頑張ってくれた。
それは、ここまで立て直した関係者がいたから。
もし変なポーズをしてアクシデントでも起こったら・・・。
それを思うと何もできなかった。」

「本当に頭が下がる思いだ。」

勝利ジョッキーインタビューで、田原は涙をこらえきれず話した。

 

トウカイテイオーは翌年も現役を続行。
父シンボリルドルフが勝てなかった宝塚記念を勝つためだ。

だが、ステップレースに使う産経大阪杯を出走前に右トモを痛め回避。
その後、宝塚記念に向けて再調整に入った矢先に骨折。
4度目の骨折で目標だった宝塚記念はついに1度も出走する事は無かった。

陣営は今回の骨折も軽いものということで、
テイオー最後の舞台として天皇賞・秋に照準を定めた。

しかし、再び脚部不安を発症。
天皇賞・秋には到底間に合わないという事で、
8月、ついに松元はテイオーの引退を発表した。

 

10月トウカイテイオーの引退式が行われた。
6万人を超えるファンが押し寄せた東京競馬場のターフを、
ダービー勝利時20番のゼッケンをつけ、テイオーは疾走した。

内村正則オーナーは語りました。

「トウカイテイオーは情が生んだ馬でした。
生産者、育成者、調教師、厩務員。
様々な人々のぬくもりによって育てられました。
それらの人達のどれかが欠けても、テイオーの素晴らしいドラマは
生まれなかったでしょう。」

 

内村オーナーが、ひょんなことから買い付けた、
ひ弱な若駒から始まるトウカイテイオーの歴史。
さまざな「想い」を背負い、それに応えた稀代の名馬トウカイテイオー。

2013年現在、「皇帝」の意思をただ1頭受け継いだ「帝王」には、
残念ながらその意思を受け継ぐ馬は未だに生まれていません。

しかし、トウカイテイオーを作り上げた「想い」は、
テイオーを通じて必ず受け継がれていくことでしょう。

 

第5話 ← ●

<参考文献>

『水晶の脚 トウカイテイオー』著:瀬戸慎一郎
『名馬列伝 トウカイテイオー』出版:光栄出版部
『トウカイテイオー 帝王・栄光の奇跡』DVD

 

 

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“トウカイテイオー 「受け継がれる想い⑥」” への2件のフィードバック

  1. ゆうこ より:

    感謝です。当時の空気やレースをさのまま思い出せます。
    引退式で言われたオーナーの言葉もその通りだと思います。競走馬として最高の舞台「ダービー」を勝って、骨折や怪我を乗り越えて、その後価値あるG1「ジャパンカップ」「有馬記念」を勝ってくれたのは、トウカイテイオーが天才、素質馬もかもしれないですが、何かの力がそうさせて走ってくれた思う時、それはやっぱり愛情だったと思います。関係者は勿論、テイオーに魅了されたファンも多かった。私自身も馬の温泉〜鹿児島〜二風谷と顔を見に行った時、同じような思いのファンも来てらした。本当に情に応えてくれた帝王が素晴らしいレースをしてくれて、ドラマをつくったんだと思います。悲報が流れて10日近くなるけれど、又あの頃のように朝から晩まで帝王が浮かんで頭から離れない。

    • k-wind より:

      ゆうこさん、コメントありがとございます。

      僕の周りでも、テイオーが亡くなって気持ちが沈んだ方は多かったです。
      ゆうこさんのような、テイオーを愛してやまないファンを含めて多くのファンに、
      20年も前の競争馬が、色あせなくいつまでも心に残っているのは、
      テイオーがどれだけ印象的な馬だったかを、あらためて実感することになりました。

      本当に、関係者・ファンに愛され、それに力一杯応え、
      その姿にさらに魅了される競走馬でした。

      トウカイテイオーの悲報が報じられて以来、
      たくさんの方が、ここに訪問してくださいました。
      その中には表面上の成績しか知らない方もいらっしゃったと思います。
      そんな方に、トウカイテイオーがどれだけドラマ的な馬だったか、
      少しでも伝える事が出来ていれば幸いです。

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【k-wind】 競馬を楽しんで10数年。オグリキャップから始まり、 ライスシャワー、ディープインパクトと、 大好きな馬は数知れず。「競馬の魅力とは」 このテーマを日々考えている30代牡です。

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