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ウオッカ 「府中を酔わす極上の切れ味③」

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~女王の戴冠~

明確にダービーへ照準が定まったことにより、
ウオッカの調教には熱が入ってきた。

といっても、桜花賞前から始めている「溜める脚」という、
ダービー仕様の調教だ。

次いで、角居調教師は秋にフランス・ロンシャンで行われる凱旋門賞
1次登録をすました。
前年の凱旋門賞で、あれだけ国内で無敵状態だったディープインパクトが、
3位入線(後失格)になったのをみて、
「凱旋門賞に参加するなら斤量の軽い3歳のうち」
と思うようになったのだ。これは谷水オーナーも同意見で、
ダービー勝利を条件に凱旋門賞へ向かう事が決まった。

 
そして、2007年5月27日。その日を迎えた。

第74回 東京優駿(日本ダービー)

ウオッカは単勝10.5倍の3番人気。

1番人気(1.6倍)は、皐月賞で負けて強しの内容だったフサイチホウオー
またしても松田国英厩舎・安藤勝巳騎手のコンビが
今回がダービー初挑戦となる弟子の角居と、
ウオッカの前に立ちはだかることになった。

13万1185人の観衆が見守る中、
ビワハイジ以来11年ぶりの牝馬によるダービー出走が始まろうとしていた。

ウオッカは父タニノギムレットと同じ3番枠に入った。
コースロスなく立ち回り、足を溜めるには絶好枠と言って良い。

 
フルゲート18頭がおさまり、この年の3歳頂点を決めるゲートが開かれた。

ウオッカはいつも通りの好スタート。
徐々にポジションを中団まで下げて馬込みで折り合いをつけた。

ここでちょっとした異変に観衆はざわめいた。
皐月賞を勝利した時と同様逃げるかと思われたヴィクトリーが出遅れた。
代わって、きさらぎ賞を勝利したアサクサキングスがハナを切る形になった。

アサクサキングス鞍上の福永騎手は、絶妙なスローペースに持ち込んでいく。
各陣営もヴィクトリーがハナを切るものだと思っていたために、
しょっぱなから作戦が崩れていくことになり、仕掛けるにも仕掛けられなくなった。

ウオッカも馬群に入れているとはいえ、このスローペースに我慢できないのか、
やや行きたがるそぶりを見せ始める。
それを必死に四位騎手が「まだまだ」と手綱を抑え、折り合いをつけさせていた。

アサクサキングスとサンツェッペリンが引っ張る形で4コーナーに差し掛かると、
四位はようやくウオッカにGOサインを出した。

溜まりに溜まったエネルギーを爆発させるかのように、
直線の外目を豪快な脚で伸びていく。

観衆の声援が一瞬驚き交じりの歓声に変わった直線で
他馬とはまるで違う脚取りで、前を行く馬・後ろから来る馬を突き離し、
この年産まれた8470頭の頂点を決めるレースのゴールテープを1着で走り抜いた。

牝馬として昭和18年のクリフジ以来64年ぶり、史上3頭目のダービー勝利。

 
「タニノギムレットの仔でダービー制覇」
この事に情熱を傾けた谷水も感無量だった。

「これまでとは違うペースだったが、四位騎手が上手く乗ってくれた。
桜花賞の後、急激によくなったということではないので、
その時点でレベルが高かったという事でしょう。つまりは、
ダイワスカーレットが異常に強かったということにもなります。
桜花賞で悔しい思いをした厩舎スタッフも良く頑張ってくれました。」

と角居はインタビューで答えた。

 

~苦悩~

ダービーを勝利したことにより、正式に凱旋門賞挑戦が決まり、
凱旋門賞への壮行レースの意味合いで宝塚記念に出走する事になった。

3歳牝馬が古馬のトップレベルが集う宝塚記念に出走する事自体が
無謀なように感じたが、ウオッカはダービー馬。
しかも古馬の牡馬と7kg差の51kgで出走できるのだ。
ここも通過点になるのでは、という予感が漂っていた。

小雨が降りしきる中、第48 回宝塚記念(阪神芝2200m)は始まった。

2番枠に入ったウオッカは、前年の2冠馬メイショウサムソン
この年のドバイデューティーフリーを快勝したアドマイヤムーン等、
古馬トップレベルを抑えて1番人気。

歴史を塗り替えた3歳牝馬に、競馬ファンも魅了されていた。

ゲートが開き、いつものように馬群に入れて折り合いをつけたかったのだが、
各馬が朝から降り続く雨で馬場が悪くなっている内を嫌い、
外へ外へとコース取りをとったことにより、ウオッカの前が大きく開いた。

ウオッカは壁を作る事が出来ず行きたがる。

最初から崩れたリズムは最後まで戻る事は出来ず、
直線に入ったところで、内から一旦伸びようとするものの、
外を回った歴戦の古馬たちと太刀打ちできる力はすでに残っていなかった。

8着。

ウオッカにとって初めての惨敗を喫した。

陣営はそれでも、欧州のような力のいる馬場を経験できたことプラス材料とし、
凱旋門賞に向けて調整を進める事にした。

 
ところが、8月になりウオッカは右後ろ脚に蹄球炎を発症した。
症状としては軽かったものの、調整が遅れるのは避けられなかった。

「走るだけなら使うことはできるが、勝ちに行くとなるとどうか。」

陣営は、凱旋門賞出走の回避を決定した。

ただこの後、日本では36年ぶりの馬インフルエンザが蔓延したため、
結局は遠征できなかった可能性は高かった。
(メイショウサムソンはコレにより回避。)

こうなるとウオッカの秋の目標は、あの馬との決着をつけることになる。
もちろん桜花賞で敗れたダイワスカーレットだ。

ダイワスカーレットは桜花賞後、オークスへの出走を予定してたが、
感冒(かぜ)により回避し、そのまま休養へ。
復帰初戦のローズステークスでは持ったままの圧勝劇を披露。

2頭の女王の再戦の日は迫った。

10月14日 第12回 秋華賞

ウオッカが2.7倍の1番人気。ダイワスカーレットは2.8倍の2番人気。
オークス・ローズステークスと鋭い伸び脚で2着だったベッラレイア
3.8倍の3番人気と食らいついてはいたものの、
4番人気以降は20倍以上と、完全に2頭の女王が人気を分け合った。

8枠16番に入ったウオッカ、7枠13番に入ったダイワスカーレット。
共に馬群に囲まれることなくスムーズに競馬ができる枠だが、
それは逆にウオッカにとっては歓迎したくない枠だった。

ゲートが開くとダイワスカーレットがややカカリ気味に
先頭に躍り出ようとするも、それをヒシアスペンが交わして、
2頭がレースを引っ張る形になった。

対してウオッカは後方4~5番手まで下げて折り合いに専念した。

前を行く2頭が作るペースが速いのか隊列は長くなり、
ダイワスカーレットとウオッカの差は大きく離れた。

しかし、ペースが速くなるなら脚を溜めた分ウオッカに有利になる。
もう少し馬群が縮まってくれば、一気に差し切り可能だ。
角居は、勝利への確信が強くなってきた。

しかし、1000mの通過タイムが表示された瞬間、
角居の表情は厳しくなった。
「59秒2」と、見た目ほど速くなかったのだ。
さらに逃げたヒシアスペンがココからガクッとペースを落とす。
馬群はみるみる凝縮された。

ウオッカは3コーナーから4コーナーにかけて押し上げていった。
馬群が凝縮されたことによりインコースを走る事が出来ないため、
外を回された。

4コーナーを回るときにはすでに先頭に立ったダイワスカーレットと、
外を回るウオッカの差を見て、松田は勝利を確信し、
角居は敗退を覚悟した。

直線猛然と追いかけるウオッカだったが、
先頭を走るダイワスカーレットの尻尾を捕まえる事は叶わなかった。

結果ウオッカは中団から進めたレインダンスをも捉える事出来ず3着。

レース後、ダイワスカーレットの鞍上安藤勝巳騎手は、
「一度使ったことで凄くよくなった。でも、あの馬もすごく強いから、
まだ勝負付けは済んでいない。」
と語り、ウオッカに対する敬意を忘れなかった。

ウオッカ陣営も、勝負としては完敗に近かったが、
「休み明け」しかも直線の短い内回りコースで、
ここまで伸びてきたことと、前に馬を置かなくても折り合えたこと、
一定の収穫を得た充実感はあった。

 
当初の予定では秋初戦を秋華賞で終えた後は、
ジャパンカップの出走を最大目標としていた。

しかし、谷水エリザベス女王杯への出走を角居に告げた。

すでにエリザベス女王杯に出走が決まっていたダイワスカーレット
リベンジするためだ。外回りの芝2200mなら逆転できるはず。
角居もその決定を歓迎した。

「今度こそ」という気持ちで調整が進められ、
いざ本番の当日を迎えたところで
「ウオッカ、右寛跛行の為出走取消」
というニュースが流れた。

右トモの蹄踵部を地面につける事が出来ない状態だった。

止む無くエリザベス女王杯の出走を回避したウオッカは、
回復が早ければジャパンカップに出走する事になった。

エリザベス女王杯ダイワスカーレットフサイチパンドラ
スイープトウショウといった歴代女王を寄せ付けず完勝した。
しかし松田国調教師は共同記者会見に現れなかった。

「ウオッカがああいう事態で取り消しになった中で、
自分が喜んでいる姿を見せるのは心苦しい。」

松田国厩舎の事務所にはウオッカがダービーを勝利した時の
パネルを飾っているほど、愛弟子が育てた日本を代表する牝馬に
松田自身も期待していた。

 
ウオッカはその後、順調に回復していき、
やや強めの調教を課しながらも患部に異常は見られなかったことから、
ジャパンカップへの出走を正式に決定した。

第27回 ジャパンカップ

海外からも参戦する馬がいたが、
この年の主役は春・秋天皇賞制覇したメイショウサムソンだった。
メイショウサムソンが1.8倍の1番人気に推され、
ウオッカは宝塚記念の惨敗と中間の不安から6.1倍の2番人気だった。

レースは先頭に立つ馬がいなく、
各馬が譲り合う形でチョウサンがハナを切った。
ウオッカは一旦最後方まで下げる展開になった。

ユッタリとした流れの中、ウオッカは3コーナーを過ぎても最後方。
4コーナーを回り直線に入ったところで、馬群中央をウオッカが
ダービーの時と同じく豪快に伸びていく。

一瞬先団を飲み込むかという勢いだったが、
内ラチをロスなく運べたアドマイヤムーンが外からくるポップロック
メイショウサムソン、ウオッカの追撃を交わしゴール。

ウオッカは4着。またしても古馬の厚い壁にはじかれた。

とはいっても、宝塚のようにどうしようもない敗戦ではなく、
確実にその差は縮まる敗戦だったことに、陣営の表情は明るかった。

 
第52回 有馬記念

ファン投票で選ばれる有馬記念。
その52回を数えるグランプリレースにウオッカは史上初めて、
3歳牝馬としてファン投票1位という快挙を達成する。

そして四回目のダイワスカーレットとの対戦が待っていた。

急仕上げ気味だったジャパンカップとは違い、
今回はジックリ丁寧に仕上げる事が出来、
万全の状態で出走する事となった。

午前中まで降っていた雨はあがり、
稍重発表も、前へ行く馬・後ろから行く馬、
それぞれに不利が働くほどのものではなかった。

1番人気は2.4倍でメイショウサムソン
ウオッカポップロックに続き、6.9倍の3番人気だった。
それに続くようにダイワスカーレットが8.1倍の5番人気。

ゲートが開くと好発を切ったダイワスカーレットを、
外からチョウサンが交わしレースを引っ張る。
ウオッカは中団外目をやや行きたがるそぶりを見せるも、
折り合いを欠くとまでは言わない程度。

1000mを60.5。
平均ペースで進んだ中、4コーナーを過ぎたところで
楽な手ごたえのままダイワスカーレットがチョウサンを
交わしていくが、さらにその内をマツリダゴッホがすくう。

直線に入る頃には先頭に立ち、そのまま後続の追撃を振り切るレースを
これまでとってきたダイワスカーレットだったが、
直線に入った時、一緒に並んで伸びていく馬がいるのは久しくなかった。

グングン伸びるマツリダゴッホを必死に追いかけるライバルの姿を遠目に、
ウオッカは4コーナーで既に手応えなく、直線ではまったく伸びることなく、
11着という大敗を喫した。

結果的に、前半行きたがった分が最後に響いてきたかのように思うが、
古馬の壁、距離の壁、折り合いの課題。
世界と戦うには克服しなければいけない宿題を叩きつけられることとなった。

そして、ライバルとの対決はこれで1勝3敗となる。

ウオッカは年度代表馬としての栄光を得るも、
今後さらなる飛躍を遂げるには、もう1ステップ上がる必要があった。

 

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