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ウオッカ 「府中を酔わす極上の切れ味⑤」

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~ライバルと最後の激戦~

本番の天皇賞・秋を前に、ウオッカ毎日王冠(東京芝1800m)に出走した。

鞍上は再び武豊騎手。
そんな武に角居調教師はレース前、

「ほかに逃げる馬がいなければ、いっても良いかもしれない。」

と、指示を出した。

その言葉通りに、いつものように好スタートを切ったウオッカは、
控えずに先頭に立った。

これまで中団で競馬をしてきたウオッカが
先頭で競馬をしている光景に、観衆はどよめいた。

1000mを59秒3。
スローということではないが、東京開幕週の芝状態を考えると、
逃げ切るのに十分な余力を残すことができるペースを
ベテランジョッキー武豊は見事に作り出した。

手綱を抑えたまま直線に入り、
残り300mを過ぎたところで武の腕は動き出す。

このまま逃げ切り勝利かと思った瞬間、
外から好位にいたスーパーホーネットがジリジリと差を詰めてきて、
ゴール前アタマ差を交わしてゴール。

ウオッカ自身上り3ハロンを33.8を使ったが、
マイルレースで抜群の強さを誇ったスーパーホーネットが、
33.3という末脚を発揮し敗れてしまった。

ただ、ハナを切っても折り合いがついたレース運びが出来たことで、
今後の作戦の幅が広がったのは収穫だった。

 
第138回 天皇賞・秋

10月29日、ウオッカ天皇賞・秋本番が迫る本追い切りを
武豊を背に52.2-12.5で駆け上がり順調さをアピール。

同日ライバルのダイワスカーレット安藤勝巳騎手を背に、
坂路を53.4-13.5で駆け上がった。
比較的控えめなタイムだったが、7か月ぶりの実戦。
9月18日から安藤が実に7回も調教で跨るなど、
乗り込み十分で本番に臨むことになった。

ここまで、この2頭の対決は、
ダイワスカーレットの3勝1敗

共に負けられない1戦。

ダイワスカーレットを管理する松田国英調教師は、
自分が管理する馬の出走は無いにもかかわらず、
前日の土曜日に東京競馬場を訪れ、入念に馬場状態をチェック。
多くの報道陣・関係者とともにダイワスカーレットの到着を出迎えた。

初めての環境でやや戸惑う様子もあったダイワスカーレットだったが、
すぐに平常心を取り戻した。

対するウオッカは、何度も訪れ好成績をあげてきた場所。
レースが近いのを分かっているのか、
静かに闘志を燃やすかのように、馬房で佇んでいた。

 
2008年11月2日

ウオッカとダイワスカーレットの5度目にして、
最後の対決が始まろうとしていた。

4枠7番に入ったダイワスカーレットは3.6倍で2番人気。
7枠14番に入ったウオッカは2.7倍の1番人気。

この2頭の直接対決はダイワスカーレットが勝ち越しているにも関わらず、
常にウオッカがダイワスカーレットより人気を得ていた。

出張馬房から装鞍所に曳いていく際、
ダイワスカーレットの担当厩務員斉藤正敏は、
愛馬のテンションが高くなりすぎていることに不安を感じた。
馬体は申し分ないが、気持ちが入りすぎて汗を大量にかいていたのだ。
斉藤自身、これほど入れ込んだダイワスカーレットを見るのは初めてだった。

対するウオッカは、慣れ親しんだマイホームとも言える場所で、
落ち着き払い、歩様もしっかりしていた。

そんな様子をみていた角居は、

「何もかも有利に働く今回も負けたら、
ダイワスカーレットには一生勝てない。」
「他の馬には負けても良いが、
ダイワスカーレットにだけは先着しなければならない。」

こう思っていた。

そんな師達の想いをよそに、
鞍上の武豊安藤勝巳は、特に相手を意識することなく、
自分達の競馬をすれば、おのずと結果はついてくると、
自信を持っていた。

馬場入場から返し馬の際、武がウオッカに乗る際には
必ず外ラチ沿いを走らせた。
物見する癖があるウオッカを最初に観衆に慣らさせることにより、
歓声にビックリさせないようにするための武の考慮だった。

 
午後3時40分、ゲートが開いた。

好スタートをきったダイワスカーレットが
ややカカリ気味にハナを切りレースを引っ張る形となった。
ウオッカは中団の外目につけ折り合いに専念した。

相手はダイワスカーレットだけではない。
今年のダービー馬ディープスカイにも気を付けなければいけない。
武は、ディープスカイを内に閉じ込める作戦に出たかったが、
あまりウオッカを操作しすぎると、一気にカカってしまう為、
左斜前にディープスカイを置く形になった。

かつてのウオッカの主戦騎手だった四位洋文騎手も、
そんなウオッカの性質が分かっているため、無理に外に出すことなく、
徐々に徐々に良いポジションへ動いていった。

そんな2頭のダービー馬の攻防を尻目に、
前方のダイワスカーレットは1000mを58.7で通過。
先行逃げ切りをはかるには、やや速いペースだ。

しきりに仕掛けてくるトーセンキャプテンを振り切り、
ダイワスカーレットは安藤が手綱を持ったまま直線に入った。

ウオッカとディープスカイは、ほぼ同時に併せ馬の形で、
先行集団を外から捉えていき、残るはダイワスカーレットのみだった。

完全にダイワスカーレットも、
この2頭に飲み込まれる勢いだった。

いかにダイワスカーレットといえど、
レース前・レース中と終始テンションが高かった為、
最後はスタミナが切れた。
と、安藤騎手・松田調教師・斉藤厩務員含む陣営が、
あきらめかけた瞬間、再びダイワスカーレットが伸び始めた。

グングン伸びるウオッカ
なんとか食らいつこうとするディープスカイ
最後の力を振り絞るダイワスカーレット

この中から、ディープスカイがわずかに脱落し、
ダイワスカーレットとウオッカが同時にゴール板を駆け抜けた。

勝敗は写真判定に持ち越された。

1.57.2のレコード。
従来のタイムを0.8上回る高速決着だった。

 
ゴール直後、角居・松田の両調教師は、周りにいた関係者から、
それぞれ祝福を言われたものの、どちらが勝ったかまるで分からない。
ただ、歴史に残るレースを繰り広げた愛馬に感動していた。

レースリプレイを何度見ても、どちらが勝っているかわからない。

出走馬の厩務員や助手を乗せたマイクロバスの中でも、
ウオッカの担当厩務員である中田陽之と、
ダイワスカーレット担当の斉藤の想いも様々だった。
レース中盤はペースを踏まえて「勝てる」と確信していた中田に対し、
斉藤は「マズイ」と思っていた。

しかし逆にゴールした瞬間は、斉藤は「勝った」と思い、
中田は他の厩務員たちと同じく斉藤を祝福しつつも、
「負けた」と思い、ショックで身動きできなかった。
バスから真っ先に降りた斉藤とは対照的に、
最後までバスから降りられないでいた。

しかし、当の鞍上目線ではどうだったかというと、
ダイワスカーレットの安藤は「負けた」と思い、
ウオッカの武は「勝った」と感じていた。

検量室間に戻ってきた2頭と2人だったが、
「1」とかかれた勝ち馬が入る枠場にダイワスカーレットの関係者が
いたため、安藤は思わず「え?負けてないのですか?」と言い、
苦笑しながら祝福の握手を受けた。

少しあとから戻ってきた武豊は、
この光景に「おかしいな」と思いながらも、「2」の枠場にウオッカを誘導した。

 
負けたと思っていた中田厩務員がウオッカをつれて出張厩舎まで
引き上げようとしたところ、JRA職員にまだここにいるよう呼び止められた。

ダイワスカーレットと一緒にグルグル回りながら、
中田は斉藤に「ダイワが勝っていますよ」と言いながらも、
「もしかしたら」と希望が湧いてきた。

対する斉藤は、来年定年になるためこれが最後の天皇賞・秋。
その長い厩務員人生の最後に、こんな名牝と巡り合えたことに、
無上の喜びを得ていたが、この長い判定写真の結果を待っている間、
ダイワスカーレットが段々かわいそうになってきた。
勝敗など、もうどうでもよくなり、はやくスカーレットに水を飲ませて、
休ませてあげたい気持ちになっていた。

 
検量室内だけでなく、競馬場のターフビジョンでも、
何回もゴール前のリプレイが放映される。そのたびに大きな歓声が上がる。
「ダイワスカーレット有利」の意見が強まっていたものの、
両陣営は、「もう同着でも良い」と思い始めていた。

写真判定になってから13分後。
検量室内で安藤と松田から武に祝福の握手を求められ、
それに応じた武は、最後に角居とガッチリ握手を交わした。

ウオッカが勝っていた。

2頭の差はわずか2センチ
そのわずかな差だけ、ウオッカが差し切っていたのだ。

検量室で、誰かが「ウオッカ!」と叫んだ瞬間、
中田はウオッカの首に抱きついた。

そんな光景を横目に、
斉藤はダイワスカーレットに労いの言葉をかけ続け、
静かに引き上げていった。

 

主戦に任されてから初めての勝利だった武豊の喜びもひとしおだった。

「これだけの馬を任されて正直プレッシャーだった。
勝つ事が出来て本当に良かった。
直線に入るまでは理想的でしたが、そこからが大変でした。
ウオッカも相手も一生懸命で、最後は本当にキツそうでした。
ゴールまでの数十メートルまでが非常に苦しかったのですが、
あそこを踏ん張ってくれたのが、やっぱりウオッカだと思います。
タフなレースでしたが、ダイワスカーレットもやはり強かったです。」

「歴史的名牝です。いや牝馬という枠を超えた名馬です。」

こう、武はウオッカに最大限の賛辞を送った。

 
角居はダイワスカーレットという大きな壁を乗り越え安堵し、
松田もウオッカに賛辞を送りながらも、ダイワスカーレットという、
もう1頭の歴史的牝馬を育てたことに、大きな誇りを持った。

 
この後、ダイワスカーレットは有馬記念を制し、
ドバイワールドカップに向けた調整中に屈腱炎を発症し引退。

ウオッカとの再戦は行われなった。

通算5度の対決でダイワスカーレットの3勝2敗
奇跡的に同じ年に産まれた名牝2頭の対決は、
競馬関係者・ファンを感動させる歴史的なレースをもって終結した。

 
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