ウオッカ 「府中を酔わす極上の切れ味②」
~2歳女王~
2歳女王決定戦である阪神ジュベナイルフィリーズに
出走するための抽選に通ったウオッカは、
この世代トップレベルの牝馬と対戦することになった。
アストンマーチャン
映画「007」でも有名なイギリスの高級外車アストンマーチンのように、
速く走ることを願い付けられた名前の通りの快速馬。
すでに重賞2勝を挙げている上に、前走のファンタジーステークスでは
札幌2歳Sで牡馬相手に差のない3着と健闘したイクスキューズや、
オープン馬ハロースピード、後に重賞の常連馬となるカノヤザクラなどを相手に、
従来のレコードを1秒近く更新する5馬身差の圧勝劇を披露する。
鞍上は熟練の武豊騎手。
ウオッカにとって乗り越えなければいけない大きな壁であったが、
ウオッカ陣営にとって心強い点が1つあった。
阪神競馬場が大規模リニューアルされ外回りコースが増設されたのだ。
これまでの阪神芝1600mは、スタート直後にコーナーがあり、
枠順による有利不利が如実にあらわれていたのだが、
新コースはスタートから長い直線に入り、
直線もこれまでよりも120mも長くなり、
旧コースのように「小回り上手」・「スピード決着」というわけでは、
なくなり、本当の力勝負が発揮されやすいコースに生まれ変わった。
この事については、
どちらかというと距離に不安のあるアストンマーチャンよりも、
ウオッカに分があるように思えたのだ。
かくして第58回ジュベネイルフィリーズは始まった。
アストンマーチャンが単勝1.6倍の圧倒的人気。
対するウオッカは11.1倍の4番人気だった。
スタートは切られ、ウオッカの隣枠に入った3番ルミナスハーバーが
先頭を切る形になり、好発を切ったアストンマーチャンはルミナスハーバーを
見る形に内へとコースをとった。
ウオッカはしばらくこの2頭を見る形で、徐々にポジションを下げていき、
中団に位置づけて課題の折り合いをつけていた。
ユッタリとした流れのまま、4コーナーへ入り直線へ。
満を持してアストンマーチャンが先頭に躍り出て、後続を突き離す。
ウオッカは外へ持ち出すと、鋭い伸び脚でアストンマーチャンを追いかける。
一瞬で抜き去る勢いに見えたが、
ウオッカに並びかけられてからのアストンマーチャンは、
差し返そうと必死に食らいついた。
しかし、いかにアストンマーチャンと言えど、
ウオッカの勢いを止める事は出来ずクビ差で2歳女王に輝いた。
勝ちタイム1.33.1。
前日の古馬1600万下をエイシンドーバー(この後重賞2勝)が
勝ったタイムよりも、1秒も速いタイムで駆け抜けたのだ。
谷水オーナー、角居調教師共に、
「この馬ならダービーにいける」
強く再認識するレースとなった。
年があけて2月。
3歳となったウオッカの初戦はエルフィンステークス(京都芝1600m)だった。
ここではコレと言った強敵も不在で、
1.7倍と圧倒的1番人気に推された。
レースは、少頭数の大外枠ということもあって前に馬を置くことが出来ず、
すこしカカる場面があったものの、直線に入ってからは独走。
ほとんど追われることもなく、2着ニシノマナムスメに3馬身の差をつけ、
圧勝した。
もはや同世代牝馬に敵なしと思われる内容だったが、
ただ1頭、未だクラシック牝馬戦に参戦していない馬がいた。
~ライバル~
ウオッカは桜花賞の前哨戦でトライアルレースの
チューリップ賞に出走する事になった。
2歳女王に輝いた時と同じく阪神芝1600mで行われるこのレース。
ウオッカは前走の内容からココでも圧倒的1番人気に推されるのだが、
オッズ上では2強の体をなしていた。
ダイワスカーレット
これから幾度となく激戦を繰り返すこの馬は、
活躍馬を多数輩出するスカーレットインクから続く超名牝系の家系で、
兄はGⅠ3勝馬ダイワメジャー(計GⅠ5勝)。
デビュー来牡馬顔負けのレース運びで、中京2歳S・シンザン記念と
この後弥生賞を勝利するアドマイヤオーラと勝ち負けを分け合っていた。
鞍上はベテラン安藤勝巳騎手。
奇しくもダイワスカーレットが所属する松田国英調教師は、
若かりし頃の角居が修業を積み、多くの技術を吸収し、
その馬に対するノウハウを今も生かし続けてきた、
お手本としている名門厩舎だ。
「気難しい牝馬は女王様のように扱え」
ウオッカ問わず、牝馬に対して角居がこの様に扱うのは、
まさに松田国厩舎の教えそのものだった。
そして
「1600メートルで強い馬は、2400メートルも強い」
という持論は、松田国厩舎で活躍したクロフネやキングカメハメハを、
実際に見てきたためであろう。(共にNHKマイルCからダービー出走)
ウオッカ・ダイワスカーレット、真の女王はどちらかという注目の他に、
いわゆる「師弟対決」もわずかながらに含まれていた。
レースはダイワスカーレットがハナを切った。
ウオッカは中団外目の追走でこれを追った。
1000mを59秒8という平均的なペース。
直線に入り逃げ込みを図るダイワスカーレットを、
外からウオッカが手綱を動かすことなく並びかけた。
ウオッカに並びかけられてきてから
追い出しに入ったダイワスカーレットを横目に、
ウオッカは終始手応え良く、わずかに手綱を動かすだけで、
ダイワスカーレットにクビ差先着した。
この2頭の後ろは6馬身も離れていたわけだから、
ダイワスカーレットが強かったことも証明されたが、
それ以上にウオッカの強さが際立った。
これで同世代牝馬に敵なし。
桜花賞後はダービーに向かう。
陣営はハッキリと目標をダービーへと切り替えた。
その前に、クラシック第1弾桜花賞を走ることになる。
第67回 桜花賞
ウオッカは単勝1.4倍という圧倒的1番人気。
阪神ジュベナイルフィリーズ、チューリップ賞と、
桜花賞と同じコースで完勝続きのウオッカに相手になる馬は
いないように思われも仕方なかった。
レースは好発を決めたアマノチェリーランが逃げる形に。
そこに2番人気アストンマーチャンが抑えられないスピードで2番手。
さらに3番人気ダイワスカーレットが大外から続いた。
ウオッカは中団外目から、先団を見る形になった。
隊列は変わらないまま直線へ入った。
ダイワスカーレットが先頭に並びかけ粘りこみを図ろうとする所に、
外からウオッカが並びかけようとする。
チューリップ賞で見た光景を、桜花賞でも演じるのかと思われたが、
中々ダイワスカーレットに並びかける事が出来ない。
それどころか、2度ほど内に刺さりそうになるなど、
ウオッカの方が苦しそうな姿を見せている。
そのまま安藤のムチに応えたダイワスカーレットが、
ウオッカに1馬身半つけて桜花賞を制した。
完敗だった。
ウオッカと3着カタマチボタンとの差は3馬身半なので、
決してウオッカが弱かったわけでは無い。
それ以上にダイワスカーレットが強かったのだ。
ウオッカにフケ(発情)の兆候が少し残っていたとはいえ、
前哨戦のチューリップ賞では完勝していただけに、
陣営もまさか負けるとは思っていなかった。
「桜花賞を勝ってダービーへ」というのが既定路線。
角居はこの事が影響したと考えた。
チューリップ賞後、すでに勝負付は終わった3歳牝馬との対戦よりも、
距離が長くなり牡馬と対戦することになるダービーに向けての
体作りを始める為、我慢する競馬を覚えさせる調教を課していた。
勝負所で加速するのではなく、長く良い脚を使う練習だ。
それを桜花賞でウオッカ自身が実践してしまった。
いずれにしても負けは負け。
陣営はダービー出走の是非について苦慮することになる。
谷水オーナーは、うなだれる四位騎手に「オークスで頑張れ」と
労いの言葉と贈った。
だが、心の中ではダービーへの思いが捨てきれないでいた。
数日後、角居から谷水に電話があった。
「オーナーはどちらに行くべきかとお考えですか。」
という角居の問いに対し、
「どちらに行くかは君に任せる。」
と答えた。
桜花賞の負けはダービーを勝つための調教が、
悪い方向に働いての結果と思っていた角居は、
余計にダービーへの出走の思いを強くしていたため、
「ダービーに向かいます。」
と力強く返事した。
そして退路を断つためにオークスの最終登録を見送り、
ダービー出走に向けて調整が進められることになった。
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